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【大切な人が亡くなったら】供養になる祈り方|故人を思い出すときの心構え【スピリチュアル】

大切な人を亡くす。

そのつらさ苦しみは
筆舌に尽くしがたいものです。

 

大切な人であればあるほど
亡くなったその人に対する
思いが募ります。

 

さまざまな思い出も
よみがえってきて

 

亡くなったとわかっていても

「何かできることはないのか」
「せめて気持ちを伝えたい」

 

そんな思いで
胸がいっぱいになってしまうものです。

 

亡くなった方に対してできる、一番大切なことは何でしょう

 

故人に対して行うことができる

一番大切なことは
「供養」です。

 

供養とは、故人の死後の幸せや魂の幸せを願うこと
供養とは
立派なセレモニーのことを
指しているのではありません。

 

故人の幸せを願うこと、これが供養の本質です。

 

この記事では、
亡くなった方にとって
供養になる祈り方や
思い出すときの心構えについて、
ご説明します。

 

 

ボク
ってことは、供養にならない祈り方や思い出し方があるってこと?
パール
そうですね。残念ですが、故人の負担になることがあるんですよ。

 

記事の内容

  1. 供養になる思い出し方や祈り方
  2. 供養にならない思い出し方や祈り方

 

ボク
能登半島地震、ボク、悲しくてならないよ。
パール
この記事は、能登半島地震を念頭に置いて大急ぎで書きました。後日、改めて整えていきたく思います。
目次はクリックしてご覧下さい

肉体が死を迎えても、魂は今も生きている

人の死は、とてもとても悲しいこと。

ただ、人は、
肉体の死を迎えても、
魂は、今も、生きています。

 

肉体が死んでも、魂として生き続けている
ですから、
大切な人が既に亡くなっていたとしても

 

その人のことを思い出したり
ご冥福を祈ることは
本当に大切なことなのです。

 

亡くなった人に対して
心から思うことは
必ずその人に伝わります。

供養とは、故人の死後の幸せや魂の幸せを願うこと

供養とは、故人の死後の幸せや魂の幸せを願うこと

 

亡くなった方の幸せを願うとは
どういうことなのでしょう。
感謝やねぎらいの気持ちをこめることが大切

 

ここでは、
悲しみを伝えることではないことに
ご注目いただきたいと思います。
悲しむのがいけないのではありません。
悲しみ過ぎて
悲しみの思いだけを送ってしまうと
故人の苦しみになってしまうのです。

 

ボク
そんなあ⁈ どうしたらいいんだろう…
パール
さっそく一緒に考えていきましょうね。

悲しみすぎてはいけない理由

もし自分が、亡くなった側だったなら…

そう想像してみて下さい。

 

ここでは一つのケースとして、
災害で命を落としたケースを
取り上げてみます。

 

家屋が壊れ
街がなくなり
仕事も再開させられそうにない。

残された家族や
友人知人らは
どうやって生きていけばいいのだろう。

 

もし自分が、亡くなった側だったなら…

 

この世に残した大切な人のことを、心配せずにはいられない

 

そうなのです。

亡くなった人は、

この世に残した人のことを
気にかけているのです。

 

肉体が死を迎えた。

そのとき一番困っているのは
亡くなった本人である
自分であったとしても

 

残された家族や、友人知人など
大切な人のこれからを思って
心配ばかりが募ると
更に苦しみが増してしまう。

 

それが亡くなった方の思いなのです。

 

ですから、
良心をもった多くの人は、
自分の死に際して、

 

残された人が、自分の死によって苦しみ続けることほど、つらいことはないのです。

 

 

残された側が、
亡くなった方を思って、

 

あなたが亡くなって悲しい

あなたが亡くなってつらい

あなたに生きていてほしかった

なぜ死んでしまったのか

 

もし、こんな思いばかりを
向けてしまうと

故人にとって
どれほどの苦しみになるかということは
ご想像いただけると思います。

 

自分の死を悲しんでくれるのは
ありがたいことではあるのですが

 

自分が死んだことで、大切な人が苦しみ続けているとしたら…

 

これほど辛いことはないでしょう。

本当にたまらなく辛いことなのです。

 

特に突然の死を迎え方は
大なり小なり、人生に
悔いを残していらっしゃることでしょう。

 

そこに「なぜ死んでしまったの」などと
大切な人が
いつまでも嘆いていることが伝わると

更に追い打ちをかけることに
なってしまいかねないのです。

悲しみを、感謝やねぎらいに

悲しんではいけないのではありません。

大切な人を亡くして
悲しまないでいられるはずがありません。

 

涙が枯れるまで泣いてもいいのです。
ただ、故人のことを思うなら、

 

悲しみの気持ちだけを届けてはいけない

 

これはとても大切なことなのです。

 

亡くなった人に対して、感謝やねぎらいを表すにはどうすればいいの?

悲しい気持ちは、故人の存在がいかに大きかったかを表しています。

故人に対する「ありがたさ」を感じているから悲しいのです。その「ありがたさ」に軸足を置いて、思いを伝えることです。

大切な人を失った気持ちには
次の二つが含まれています。
故人が、いてくださった「ありがたみ」を再認識している
故人を失った「悲しみ」を感じている

 

ボク
悲しみではなく、感謝とねぎらいの気持ちってどうすれば伝えられるかな。
パール
いくつか、例をお示ししましょうね。

 

悲しみを感謝とねぎらいに変える例

 

あなたが、私にとってどんなに大切な人だったか、わかってるでしょう。あなたを失ってつらくてたまらない!


⇒ あなたは私にとってかけがえのない大切な人。あなたのような素敵な人と人生を共にできて、私は本当に幸せです。今まで本当にありがとう。

 

ボク
自分が、亡くなった立場だと想像すると、違いがわかるね。

 

あなたにもっと生きてほしかった、なぜ死んでしまったの。


⇒ いつか私もあの世に行くから、きっとまた会いましょう。再会するときには、お土産話をいっぱい持っていくからね。あなたはこれまで本当によく頑張ったんだもの。これからは天国でゆっくりしててね。

あなたと過ごした思い出がありすぎて寂しい。


⇒ あなたと過ごした思い出は私の宝物、たくさん作ってくれてありがとう。これからも大切にします。

この先、どうしていけばいいのかわからない


⇒ あなたがしてくれたことがいっぱいあるから、それを思い出して、私も頑張っていきます、見守っていてね。

 

悲しみの気持ちは、故人への感謝やねぎらいの気持ちがあるからこそ生まれます。
大切な故人が、心安らかにあの世へと旅立てるよう、感謝とねぎらいの気持ちで、送り出しましょう。

 

ボク
自分が言われる側だったら、と想像することが大切なんだね。
パール
そうなの。感謝やねぎらいの言葉は本当にありがたいですね。それに、感謝やねぎらいの気持ちを寄せてもらえると、あの世でのメリットもあるんですよ。

感謝やねぎらいの気持ちをたむけると故人の「徳」になる

なぜ悲しみよりも感謝やねぎらいの気持ちが大切なのですか
感謝やねぎらいの思いを向けられた人は、あの世で「徳」が増えることになります。
亡くなった人に寄せられる思いは、その人の価値を左右するのです。

あの世では、本人のそれまでの言動が善か悪か、どちらに傾いていたかが問われます。そして、その人に寄せられる、他の人からの「思い」も、重要なのです。

「感謝」を向けられるのか、「恨みや憎しみ」を向けられるのでは、まったく違ってしまうのです。

 

ボク
感謝の気持ちを寄せてもらうと、なんだかいい事ありそうだね。
パール
天国や極楽に行くための後押しにもなるでしょうね。

 

悪徳犯罪者などは恨みや憎しみをむけられる


人を苦しめてきた人は、本人自身が、ダークで重い思念をまとっています。また死後は、苦しませた相手の、恨みや憎しみなども確実に受け取ることになり、沈んでいきます。これが地獄に堕ちるということです。

仮にこの世で犯罪者が特定されず裁くことができなかったとしても、その人の行為から生じた、多くの人の恨みや憎しみという「ダークで重いエネルギー」は、死後、確実に本人が受け取ることになるのです。

そんなエネルギーをまとったまま、明るく軽やかな世界、天国や極楽と言われるような世界に行くことはできません。

 

あの世は、思いだけがすべてです。

この世で重視されている
裕福さや、学歴、肩書などで
評価される世界ではありません。

 

その人は、どんな「思い」の人物なのか

その人に寄せられる思いの質も
その人の価値を左右します。

 

故人にとって、この世から「感謝」や「ねぎらい」の思いをたむけられるのは、本当にありがたいこと

 

故人の死後の幸せを願うなら
是非、感謝やねぎらいの気持ちを
たむけてさしあげたいものです。

ボク
「たむける」といのは、ささげものをするという意味だよ。

 

残された人にも、天のご加護を

故人に「これからも助けて、まもって」と願うのは、負担をかけるということですか

あの世に旅立とうとする人に、「これからも助けて、まもって」とすがるのは、旅立ちの妨げになる恐れもあります。

また、肉体が死を迎え、魂の存在となった方が、この世に直接的な影響力を発揮できるかといえば、まず期待できないと言ったほうが正しいでしょう。

この世に残した家族らに頼られて、奮起する方もいらっしゃるでしょうが、奮起したからと言って、この世への直接的な影響力がもてるようになるということはまずありません。
むしろ霊となった存在からの影響は、霊障と呼ばれることが多く、あまりよいものではないことが多いのです。霊となった以上、魂の世界、あの世に旅立って、心穏やかに、霊としての人生をスタートしていただくことが一番です。

 

それでは残されたほうは不安でなりません

亡くなった方に、天の導きがあるように、残された方にも、必ず天のご加護がいただけます。

亡くなった方を失った悲しみにとらわれず、亡くなった方の幸せを願って、感謝とねぎらいで送り出す人を、天が見捨てるはずがありません。亡くなった大切な方に負担をかけるより、神仏に、これからのご加護を祈りましょう。

神仏という言葉がなじめないなら、大いなる宇宙、ハイヤーセルフなど、他の言葉でも構いません。人智を超える高次の存在が、宇宙の秩序を守っていて下さるのです。善念で故人を偲び、善念で自分を奮い立たせようとする人に、必ずご加護はあるはずです。

 

 

 

仏壇や墓にも「守って」などお願いをするのが祈ることだと思っていました
これからは是非、感謝とねぎらいの気持ちを捧げるようにしてみてください。そのほうが、善念が増幅して、祈る側も祈られる側も、天のご加護をいただけるようになります。

被害で命を落とした方に対してできる祈り

祈りは、思っている以上に、力があります。

悲しみの祈りではなく、
御霊への敬意をこめて

死後の幸せや、
これからの魂のお幸せを
どうぞ祈って差し上げてください。

 

お一人お一人の気持ちが
少しずつでも届いたら
それが亡くなられた方々の徳となり

天のご加護の力も増すことに
つながっていくことでしょう。

まとめ

供養とは、故人の死後の幸せや魂の幸せを願うこと
故人の幸せを願うこと、これが供養の本質です。
肉体が死んでも、魂として生き続けている
もし自分が、亡くなった側だったなら…
この世に残した大切な人のことを、心配せずにはいられない
残された人が、自分の死によって苦しみ続けないことは、大きな救いになる

 

自分が死んだことで、大切な人が苦しんでいるとしたら、更なる苦しみになりかねない
悲しみの気持ちだけを届けてはいけない
故人が、いてくださった「ありがたみ」
悲しみの気持ちは、故人への感謝やねぎらいの気持ちがあるからこそ。
故人が心安らかにあの世へと旅立てるよう、感謝とねぎらいで送り出しましょう。

 

故人にとって、この世から「感謝」や「ねぎらい」の思いをたむけられるのは、本当にありがたいこと

 

 

 

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