夢だとわかってみる夢を
「明晰夢(めいせきむ)」といいます。
行きたいと思うところに行こうとし
会いたい人に会おうとする、
必ずしもうまくいくわけではありませんが
夢だとわかっているので
やってみる。
これができる夢を、
明晰夢(めいせきむ)といいます。
こんな方にも
- 明晰夢(めいせきむ)に関心がある
- 夢に興味がある
- 夢は霊的な感じがする
明晰夢(めいせきむ)、私の場合
明晰夢は、
自分の意志で行動できるので
積極的に楽しむ事もできるんですよ。
私が見る不思議な夢は
明晰夢であることが少なくなくて。
夢だとわかっているので
ここぞとばかりに
空を飛んだり壁を抜けたり、
意識を集中させて、エイッと、
一気に違う空間に飛んだりもします。
触り心地などもちゃんとあるんですよ。
行きたいと思うところに行こうとし
会いたい人に会おうともします。
ただ、
行きたいと思うところに行こうとしても
必ずしも望みどおりに
「行ける」とは限りません。
会いたいと思う人にも、必ずしも
「会える」わけでもありません。
ただ少なくとも
「行こう」
「会いたい」
と自分の意志を発動させて
夢の世界に関われるのです。
夢は、霊的な世界に行って見ている
夢は、
寝ている間に肉体を離れた魂が
霊的な世界に行って
みていることがある
と言われています。
これまでどちらかといえば
明晰夢では
暗示的なメッセージを受け取ることが
多かったからなのか
私自身もそう感じています。
自分の脳内の情報を超えるものを
見聞きすることがあって、
夢の中でも
「あ、これ何かメッセージだな」
と思うこともあったりします。
そもそも、夢は、
よく見る人と
そうではない人がいると
いわれますね。
皆さまはいかがでしょうか。
ぜんぜん見ないという方も
レム睡眠とノンレム睡眠が解明されてからは
忘れているだけとも言われますし。
私自身は子どものころから
夢を見ることが
とても多かったように思えます。
比較的、長時間、眠らないと
調子が悪いので
時には、一日中うとうとと
10時間以上眠ったりすることも
珍しくなくて。
そんなこともあり、私には
現実世界と夢の世界は、
時間的にも
同格の存在に近いので
それも影響しているのでしょうか。
実感としては
夢の中の世界は
もう一つの「実在する世界」なのです。
そう言ったら
ドン引きされるかもしれませんね。
もちろんすべての夢が
「実在」しているとは
私も思ってないんですよ。
単に日々の暮らしの中で
驚いたことや印象に残ったことが
象徴的に夢となることもよくあります。
ただ、特に、明晰夢の場合は
その世界でも、私は
ずっと生きてきているように思えるのです。
話の続きもみることがありますし
よく行く街もあるのです。
他の星に行く事もあるんです。
通常の夢との違い
通常の夢は
自分の意志で
コントロールはできないもの。
そこでは
奇想天外なストーリーや
断片的なイメージが
無秩序に展開されますよね。
本当にどうして
こんな変な夢を見ちゃったかな、
と思うことも珍しくないですし。
ですから夢の世界は
単なる脳内のイメージと
言われるのでしょう。
夢は、見るのであって
あくまで受け身のもの
これが通常の夢です。
ただ明晰夢は、
この現実社会と同様に
自分が能動的な存在として
夢の中の世界、
夢の中の出来事や登場人物に
関わっていくのです。
いったいどうしてそうなっているのか。
私には体験的、感覚的なことしか
お伝えすることができませんが
今後、夢の研究が
ますます進展していくことに
とても期待しています。
夢が霊的な世界だなんてありえない、
非科学的だというご意見は当然あるでしょう。
でも現実に明晰夢を見る以上
この現実をどう理解したらいいのか
それを考えていきたいと思っています。
夢の話は、
本ブログで今後も
ご紹介させてくださいね。
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