夏になると、ときどき思い出す子犬がいます。
弟が拾ってきた、両腕にすっぽり収まるほど小さな子でした。
一緒に過ごせたのは、ほんのわずかな時間。
それでも、あの子がいた夏のことは、何十年経った今も私の中に残っています。
あの頃、我が家では大きな出来事が起きていました。
今日は、そのただ中で一瞬だけ灯った、小さな明るい時間について書いてみようと思います。
- 筆者やまべちかこについて:
人材育成コンサルタント・カウンセラー
職場の課題から家庭の人間関係まで、長年、多くの方の悩みに向き合ってきたシニアです(詳細はクリックで)。 - 自身の経験として、経済的に苦しかった時期や、地方での暮らし、ステップファミリーでの家族再構築、介護などを通して、「人生をどう整え直していくか」を考え続けてきました。
また、女性ネットワークの立ち上げや運営を通じて、立場も年齢も異なる女性たちの声を間近で聞いてきました。
本ブログ「シアワセの素」では、心理学を土台にした「心が少し軽くなるヒント」や、筆者の思い出などをお届けしています。
弟が拾ってきた、小さな命
弟が小学生のころ、捨てられていた子犬を拾ってきました。
弱っていて、ふわふわの毛の中には虫がたくさんついていました。
弟と一緒にピンセットで取り、水を飲ませ、家にあるもので食べられそうなものを探しました。
少しずつ元気になり、名前を呼ぶと尻尾を振りながら駆けてくるようになりました。
同じ頃、父の会社が倒産しました。
私は中学生でした。
昨日まで当たり前だった暮らしが、ある日を境に急に変わり、大人たちは険しい顔をし、家の中から笑い声が消えていきました。
子どもだった私には、何がどうなっているのか、よくわかりません。
ただ、とても大変なことが起きているのだということだけは、わかりました。
そんな時に、あの子犬がやってきたのです。
弟は夢中になりました。
私も、ずいぶん救われていたのだと思います。
子犬と一緒に庭にいる間だけは、家の中の重たい空気を忘れられました。
弟が笑う。
私も笑う。
ほんの短い時間でしたが、あの子がいる場所だけ、いつもの日常が戻ったようでした。
ある朝、子犬はいなくなりました
ところが、ある朝。
ガレージのシャッターに、スプレーで大きく、
「犬なんか飼うな!」
と書かれていました。
子犬はいなくなっていました。
どれだけ探しても見つからず、それきり二度と会うことはありませんでした。
何十年も経った今でも、ときどき思い出します。
抱き上げたときの軽さ。
黒いつぶらな瞳。
嬉しそうに駆け寄ってきた姿。
そして何より、あの頃の弟の笑顔を。
人生が大きく揺れているとき、人を支えてくれるものは、案外とても小さなものなのかもしれません。
一匹の子犬だったり。
誰かの笑顔だったり。
ほんの少し、いつもの自分に戻れる時間だったり。
あの子と過ごしたのは、ほんのわずかな日々でした。
それでも私の中では、今もちゃんと生きています。
いつか、もう少し丁寧に
夏の強い陽射しを見ると、ときどき思うのです。
あの子は、あの頃の私たちのところへ、ほんの少しだけ希望を届けに来てくれたのかもしれない、と。
そして、この頃のことを、いつかもう少し丁寧に書けたらと思っています。
あの子犬が消えたことだけでなく、その頃、家族に何が起きていたのか。
子どもだった私たちが、何を見て、何を感じていたのか。
今はまだ、そこまでうまく言葉にできませんでした。
でもいつか、あの出来事の背景にあったものも含めて、きちんと書けたらいいなと思っています。
読んでくださってありがとうございます。
\お気軽にメッセージをお寄せください/
完全な匿名でメッセージを送受信できるサービスです。
利用者のお名前やアカウントは、送り先にはまったく表示されません。
完全な匿名で、筆者にメッセージが送れます。
