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【子どもの貧困と学力格差】昭和の小学校の先生がしたこと、言ったこと【体験談】

体験談です。

小学校のその先生は

貧乏な生徒
他の生徒が残したパンを集めて
持ち帰らせました。

知能検査の上位者を
まるでゲームのように
生徒に当てさせました。

テストの最中に
問題の解き方を
全部教えてくれたこともあります。

 

ただ私は
この先生に出会えて
本当によかったと思っています。

昭和の思い出
どうぞお付き合いください。

こんな方にも

  1. うちは貧乏なので、子供への世間の目が気になる
  2. 頭がいいとは言えない子を心配している
  3. 今の学校教育に疑問を感じる
  4. 昭和の様子が知りたい
目次から、お好きなところをクリックしてご覧いただけます。

「貧富」の格差

これは昭和の
高度成長期の頃の実話、
私の体験談です。

「おまえんちは貧乏だから・・・」と小学校の先生がしたこと

私たちきょうだいが
通っていた小学校で、
先生が、ある日の給食時間に、
クラスの生徒たちに言いました。

 

「みんな、
食べられないパンは
先生のところにもってこい」

そう言って、給食で残ったパンを
先生は袋に入れると
信川(仮名)くんを呼びました。

 

「おい、信川、お前んちは
貧乏で兄弟が多いから、
これ持って帰れ

「これから毎日パン集めるから、
みんな、無理に食べなくていい。
パンなら持って帰れるからな。

信川、お前はこれから
毎日持って帰るんだぞ」

 

子供たちは
一瞬こおりつきました。
先生は信川くんのことを
「貧乏」だと言ったのです。

「貧乏」は、
決してあらかさまにしては
いけないこと。
子ども心にそう感じていたのです。

生徒全員の前で
パンを持たされた信川くんも
おそらくは恥ずかしさで
いっぱいだったと思います。

その後どうなったか

ところが、
それからしばらくすると
様子が変わりました。

 

「貧乏な家庭の信川くんが
残ったパンを持ち帰る」
というのは、
単に合理的な行為に過ぎず、

貧乏は隠すべきなのか、
もらうほうは恥ずかしいのか、
あげるほうが偉いのか、
そんなことは
どうでもよかったのです。

先生が当たり前のようにすることを、
生徒も繰り返しただけでした。

 

ボク
給食はご飯ではなく、パンが主流だったんだよ。背景には国策として、アメリカの小麦を日本が大量に買うことになっていたことがあったんだって。
パール
まずいと評判の脱脂粉乳もまだ給食には出ていた頃ね。アルマイトの食器、なつかしいわ。

 

「学力」格差

当時、知能検査
学校で一斉に行われていました。

検査でわかる知能指数は
頭のよさを測る重要な指針、
数値が大きいほど
「頭がいい」とされていました。

 

先生は「知能指数が高い生徒は…」と実名をゲームのように

知能検査の
結果が出たときのこと
です。

先生はまるで
ランキング発表をするかのように
うきうきと弾んだ声で
生徒たちに話し始めました。

 

「100あれば普通の頭だ」
「それを超えたら頭がいい、
まずは110台、誰だと思うか」

と、生徒たちに当てさせたのです。

ランキングは120台、
130台と上がっていきます。

 

 

「当てるのは
知能指数の検査結果が
よかった人だけにしておこう」

ということで、上位者のみが
取り上げられたのですが、

 

「安田くん!」
「遠藤さんだと思います」
などと、
まるでゲームのようでした。

 

見事、知能指数第一位に
輝いた生徒
が発表されると、
みんながどよめいて、
彼に改めて一目置くこととなりました。

 

戸惑いから始まったものの

能力のある人は能力を誇れ、
それでいい、

みんなも
能力が高い人がいてくれることを
喜べ、誇りに思え、

と教わったような気がします。

 

生徒たちは、
本当はおっかなびっくりしながら、
先生の問いかけに応えていたのです。

先生の指示だから従うものの、
知能指数の高い生徒は誰かを
当てっこするなんて

「こんなことしていいのだろうか」
戸惑っていました。

 

頭がいい子と悪い子がいるのは、
誰もがわかってはいましたが、

でもやっぱりそんなこと、
あからさまにしてはいけない事だと、
そう思っていたのです。

「知能指数が高い」
「逆上がりがうまい」
「すぐ泣く」
「お行儀がいい」
「家が貧しい」
「親がクリスチャンだそうな」
「目立ちたがり」
「身障者の兄弟がいる」
「特に特徴無し」

 

どれも、
いいとか悪いとか
そんなことより

世の中、
ホントにいろいろあるってことで
それで生きていけばいいんだよ。

 

大人になってから、
この先生から教わったことは
こういうことだったと思いました。

テスト中に先生が黒板に書き始めたこととは

先生は、自分のクラスに
知能指数が高い生徒がいることが
誇らしいようでした。

能力が高いことは素晴らしいと
声高に評価したのです。

 

でもだからといって、
成績の良くない子を
見下していたというわけでも
ありませんでした。

 

ある日のテスト中、
シーンと静まり返った教室で
こんなこともありました。

テスト中の生徒たちに対して、
先生は急に話し始めました。

 

「あー、最後の問題、
こんな難しい問題は
大人になって
必要になることはまず無いな。

みんな聞け、
こんな難しい問題は
解けなくても
心配するな、大丈夫だからな。

今から先生が
解き方を全部
黒板に書いて教えてやるから、
答案用紙には、
そのまま書いておきなさい」

と、順を追って
ていねいに書き始めました。

テスト中に、
テストの答えを、
先生が教えるーー?

これはカンニングとは違うけど、
なんだろう、いいんだろうか。

おそらくクラス全員の頭の中が
混乱したと思います。

 

それでもこれで点数が稼げるなら
ラッキーということで、
生徒たちは黙々と
黒板に書かれたことを
答案用紙に転記して
無事テストを終えたのでした。

 

人は、成績だけで
生きていくわけではない、
と、明確に示唆されたのは
このときが
初めてだったかもしれません。

 

先生の評判

ご想像の通り、
この先生の評判は、
決してよいものばかりでは
なかったと思います。

特に大人の間では
問題視する声もあったようです。

 

ただ私はこの先生に出会えて
本当によかったと、
今でも心から思っています。

 

世の中には、
貧乏な人とそうでない人がいる、
これが現実。

だからといって、
貧乏は隠すことでもなければ、
貧乏な人が劣っていると
いうことでもない。

貧しければ助けてもらえばいい、
助けてあげることができる人は
助けてあげればいい。

 

学力も、
いい人と、
いいとは言えない人がいる。

でも世の中は、
頭がよくなくても、
生きていけるのだから
心配するな。

みんな、なんとかなるさ。

 

こうしたことを
小学生の時に学べたことは
本当に幸運だったと思います。

 

子どもの貧困は、
決して放置してはいけない問題。
学力格差対策も重要です。

けれど、
家庭や学力の違いそのものを
「悪」ととらえるのは
どうなのでしょうか。

 

差や違いを活かして成長すること、
人生を謳歌することは
できるはずだと思います。

 

本当の問題は、
人の価値観かもしれません。

 

この先生の仰天エピソードは
他にもありますので、
いずれまた
ご紹介させてくださいね。

昭和の小学校でのエピソードでした。

 

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